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昨日は銀粘土の出張講習に行って参りました。
ここまではよくあることですが、普段と違っていたのは
「英語で授業をしてくれ」
と言われていたこと。
国語以外すべての授業を英語でする学校なのでその一環ということです。
話を持って来た米人は
「生徒たちは小さいころから英語で教育を受けているから大丈夫だ」
と言うので
「生徒には英語力があるかもしれないけど、わたくしに力がないから無理!」
と抵抗したところ
「ハ!日本人はみんなそういうんだよね。よく知ってるよ。
 でも大丈夫。問題ないから。」
…あなたの知っている他の日本人は謙遜しているのかもしれないけれど
わたくしのは謙遜ではない!!と言い返せるだけの英語力は無く(^^;)
不承不承英語で授業をする羽目に。
もっとも、カタコトの英語でがんばったのは前半だけで
デザインの話になってくると時間が惜しくなり(10人講習だったので)
結局なし崩しに日本語講習になりました。
うーん、色々勉強しないとダメですねぇ。

拍手を押して下さってありがとうございます!
よろしければ、是非また遊びにいらして下さいね。

コメントへの返信は、追記をご覧くださいませ。


■ かぜと 様 ■

展覧会動画へのコメントありがとうございます。

なかなか鋭い所を突いていらっしゃいますね。
作品になっているものは途中段階で習作があったり
ある程度の計画があるのでそうでもないのですが
フリードローイング(対象物があるわけではなくて
例えば音楽を聴いたりしながら自由に体を動かして落書き的に描く)
などだと、素の自分が出てしまっている様な気がして
むしろ人に見せるのが恥ずかしかったりします。

作者によってそこは色々だと思うのですが
絵を見ながら「なんなんだろう、これ」と
考えてもらえたら、わたくしの場合半分以上成功したようなものです(笑)
見てくださった方からいただく
「こう思った」
「こう見えた」
という意見が同じ絵なのに全く違うものだったりして
そうしますと逆にその方の感性と言いますか内面にちょっと触れた気がして
嬉しかったりするのですよ。

静物や風景、人物画などはそこに表したいものがきっちりとあって
(といいつつ仕掛けのあるものも中にはありますが)
こういうところは文章に似ていると思います。
文字は無作為な羅列では意味をなしませんよね。
ところが音楽の場合、音符を無作為に並べても
そこにメロディーが誕生したりするわけです。
具象と抽象ってそんな感じかな、と思ったりすることもあります。
「わからないからイヤ」
とおっしゃる方もいらっしゃいますし
「なんだかよくわからないけど、色とか形が面白い」
とただ浴びるように感じてくださる方も。
もしかしたらこのあたりが抽象の好き嫌いの分かれ目なのかもしれません。

ちなみに、今回動画はわたくしが作成致しました。
楽しんで頂けたのなら、何よりでございます(^^)
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