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春のプレート~第2回~

春のプレート、の2回目。
前回記事はこちらをご覧ください。

春のプレート~第1回~

さて、3番目のお嬢さんは奈良時代。

奈良時代(高髻髷・こうけいまげ)

この髪形は高髻髷(こうけいまげ)と言うのだそう。
額には「花鈿(かでん)」、口元には「よう鈿(ようでん)」と呼ばれる
カラフルな色で花や星を描く化粧が施されている。
装束は当時の女官服。
なんとなく竜宮城の乙姫様っぽい。

注目してほしいのは襟の合わせだ。
飛鳥時代までは左前

飛鳥時代

だったのが、奈良時代から今の着物と同じく右前になっている。
これは719年に全ての人は着物を右前に着るべし
と言う命令が発せられたから。
当時の日本にとってナウでヤングな文化は(どんな死語体じゃ)
なんといっても唐(中国)だったので
唐で定められた右前に倣ったということらしい。

4番目のお嬢さんは、平安時代。

平安時代

いわゆる十二単。
20kgほどもあったそうな。
2リットルの水が入ったペットボトルを
常に10本ぶら下げているのと同じなわけで・・・
おそるべし、やまとなでしこ!!
箸より重いものを持ったことがないのがお嬢様なのではない
例え一斗缶をぶら下げていても
箸を持っているかのごとく軽々優雅にふるまえるのが
本物のお嬢様なのだ、という話を聞いたことがあるのだが
えーと、そういうこと?(多分違う)

袿(うちぎ)の色の取り合わせを「重ねの色目」といい
春夏秋冬・または植物や色単体のグラデーションにより
おびただしい数の種類があり
着用の季節や行事が厳密に定められていたそうな。
これらの季節感などを無視した取り合わせを用いることは
マナー違反・センスがないと見なされたのだとか。
厳格なルールの中、精いっぱいのお洒落を楽しんだのだろうか。
制服を着崩して自分なりのお洒落をする女子中高生と
あまり変わらないような。
中には極まれにアバンギャルドなお姫様もいたのかも、と思うと
ちょっと面白い。

本当はこの頃はまゆ毛を抜いて高い位置に
「殿上眉」という長円形の眉を墨で描いていたのだが
(おひなさまのマロ眉をイメージされたし)
全体のイメージが変わってしまうので、デザインのウソということで。

それでは続きはまた次回。
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